1960年代前半生まれ |
[山ヤの頃の道楽父さん] |
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10代の頃 |
釣り好きの少年であった。バイブルは”釣りキチ三平”。ハイティーンにはバンド活動にいそしむ。 |
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20代の頃 |
バイクにのめりこむが、諸般の事情によりバイクを降りる。その後、ヤマの世界に首を突っ込む。人並みに結婚し、子どもを2人授かる。一旦、遊びから遠ざかるも、20代後半、社会人山岳会に入会し、アルパインクライミングに手を染める。転勤族のため、生活の拠点は愛媛から和歌山、岡山へと移る。 |
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30代の頃 |
『どうせ転勤するならヤマの近いところがいい。』と岐阜へ転勤希望を出す。念願叶い岐阜へ赴任。岩と雪の世界に魅了されていた30代前半は、アルパインクライミングに傾倒。30代半ばで郷里の愛媛に戻る。愛媛に戻ってからはヤマから遠ざかり、釣り、ハイキングなどを愉しんでいたが、渓流釣りでのアクシデントが原因で膝に大ケガをする。 |
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40代前半 |
厄年には劇症1型糖尿病という類稀なる病気に罹病。しかし、フィールドで遊ぶ楽しさを知っている道楽父さんは、ボチボチとヤマや海に出掛ける日々に帰っていく。そんなとき、我が家の近くを流れる重信川の河川敷で”タゲリ”と出会った。凛と立つその姿に鳥への興味がムクムクと沸き起こり、日本野鳥の会愛媛県支部へ入会。鳥見の日々を過ごすようになる。識別の助けにと思って始めた野鳥の写真撮影。最初はデジスコからだった。しかし、デジタル一眼レフの機動性と画質の良さを知り、週末のたびに”ゴーヨン”を携えてフィールドを駆け回る。 |
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40代後半 |
ケガや病気を理由に身体を動かさない歳月が10年にも及びすっかり足腰が弱くなる。初めての腰痛も経験し将来への不安を覚えるようになる。足腰を鍛えたいが両膝内部を痛めているため山歩きやランニングは対象外。顔を水につけるのが嫌いなため水泳もボツ。そんな時、古い友人からこのHPを見てメールが届く。メタボ検診に引っかかったのを機に自転車を始めたという。丁度異動した新しい職場に自転車に乗る同僚がいた。その同僚から話を聞いていたら『自転車って面白そう。』と思い『これならイケるかも?』とロードバイクを始める。これが性に合っていたのかハマってしまい、週末は鳥の調査に行くかロードバイクに乗るようになる。”道楽父さん”は、家族から見た私の立場を表した呼び名。 |
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機材
カメラ |
CANON 40D |
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レンズ |
SIGMA 500mmF4.5 EX APO DG,SIGMA 120-400mmF4.5-5.6 APO HSM |
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三脚 |
GITZO 5型,GITZO 3型 |
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雲台 |
Manfrotto#519,GITZO 2380 |
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